“行き場のない若者の感情”について一考察。

こんにちは。総務の大久保です。
「レジャーで、他の市区町村に外出」するため、
期日前に都議選の投票を済ませてしまいました。
(期日前だと、投票日に投票できない理由を書かされるんですね・・・)

こないだ、事務局内でボランティアさんを交えてお話をしている時、
「20代の若者の気持ちって・・・?」
といった話題が出てきました。

思いっきりストライクゾーンに入っている自分、
話を振られるのは自然の成り行きというか。

20代男性の犯罪が多いのは、統計的に、
というか生物学的?に攻撃的になりやすい時期なんだそうですが。

それにしても、「誰でもいいから・・・」という理不尽な動機。

自分の身に照らし合わせて、
また、自分が所属する同年代の仲間がいるグループのことを思い浮かべて、
独りブレインストーミングを試みました。

・「自分も元々内向的な性格で、意見を言うのが苦手だった」
・「DEARでのワークショップの様子を拝見してて、
 他者の言葉の聞き方、自分の意見の言い方を学んでいる気がする」
・「同年代グループの中で見られる傾向としては、
 “他の人に遠慮をし過ぎて、『こうするともっと良くなるのでは?』という意見さえも押し殺している人”、
 あるいは“他者のことを顧みず、自分の言いたいこと、やりたいことだけをやろうとする人”
 と、割と極端に分かれている」
・「いざ何かをしようという時は、上の人(年長者・指導者など)の顔色を伺わないと決められない」

・・・いささかキツイ表現も含まれている気がしますが、
でも、個人的にはここ最近、ずっと気にしてきたことです。



ともあれ、じゃあ何でそうなんだろう?と理由を考えてみる。
もちろん、いろいろなバックグラウンドがあるので、一括りにすることなどできませんが、
“やり場のない感情”というのがキーワードとして浮かんできました。

「何かをしたいんだけど、何をしたらいいのか分からない・・・」

それを他の人に伝えようにも、その適切な伝え方すらも分からない。

そんな様子を見かねて、「努力が足りない」「自己責任だ」と言われる。

自分の感情を自分の中に溜め込むしかなくなるけど、
溜めておくキャパシティにも限界がある。
風船を膨らまし過ぎれば、パーン!と割れます。

溜まった感情を吐き出す方法も良く分からないまま、
日々のストレスが積み重なってきたら、
感情を押し留める理性の糸も緊張状態。
大きな力がかかり続ければ、糸はやがて切れます。

・・・と、そんなことを感じたのでした。

(大久保)

コメント

  1. 独りブレインストーミング、いいですね~。

    先日読んだ書籍「対話する力-ファシリテーター23の問い」(中野民夫さん、堀公俊さん 日本経済新聞出版社)で、民夫さんが、秋葉原事件の犯人が「人間と話すのって、いいね」という書き込みをしていたことについて触れていました。
    この本は、大久保さんが書いていらっしゃるような社会にひとつの示唆を与えてくれるものだと思います。

    私はまちづくりの場に参加することが多いのですが、意見の対立の前にまず感情の対立があるということを実感しています。
    感情の対立はとても難しいことでもありますが、実は意外と簡単なことなんだなあ~というのが、この頃の実感です。

    それはひとこと、「ありがとう」という言葉でその場の空気が変化し会話が生まれ、意見を交わすことができるようになる場面に何度となく出会ってきたからです。
    もちろん、関わる人全員がすぐにそうできるわけではないけど、「面白い(自分と違う意見を言った時にそう呟くようにする)」とか、「なるほど」とか、「そうだよね」とか、実際にはなかなか受け止められなくても、まず口に出して言ってみる。

    もうパブロフの犬状態!
    でも、確実に場の空気が変わる。肯定的な空気が高まってくる。
    結局、開発教育と同様に、自分が変われば他人も変わるということなんだなあと感じます。

    「やり場のない感情」なるほど、本当にそうですね。
    確かに、私も毎日のように、政治家に行政に、ふがいない自分に怒っているなあ。
    でも外ではその感情を抑えつつ、意見を言っている。
    時々その怒りが爆発して怒涛のように連れあいにしゃべり続けている。
    それが、私が“糸が切れたときか”・・・うむ~。

    先日ワークショップ型研修をした際にも、参加者で行政への「怒りの感情」をその場で爆発させた人がいた。

    そういう場面に出合えば出会うほど、だからこそ、ワークショップという場や、ファシリテーターという役割が大切なんだなあと、あらためて感じます。

    私たちのように、多様性がもたらす豊かさや、人と人が関わることによる変化を実感している人たちが、日常の場でもファシリテーター的姿勢でいることで、ちょっとづつ小さな変化を積み重ねていける。

    もうひとつ。
    自分をひらくことの大切さ。
    大久保さんのように自分をひらくことで、目に見える反応はなくても、この文章を読んだ人の心にはひとつの波紋が広がっているはず。

    そのような点からも、私たちが実感をもって情報や体験を発信していくことを続けていくことは大切なことなんだなあ~と、大久保さんに気づかせてもらいました。
    ありがとう、そしてこれからも自分の立ち位置からの社会への投げかけを続けてくださいね。期待しています!

    椿原 恵(コミュニティコミュニケーション・サポートセンター)

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