こんにちは、事務局スタッフの伊藤です。
2021年から参加している、ESD alliance (DVV、ドイツの成人教育・学習を進める財団主催)のプロジェクトの一環で、フィリピンで開催された会合に参加してきました。(前回のスウェーデン訪問はこちら)
今回の会合は、「持続可能な開発のための包括的コミュニティの推進」と題して、各地域やコミュニティの実践から学び合いました。
ここでは、フィリピンで活動しているPILCD(People’s Initiative for Learning and Community Development)のフィールドに今回、訪問することができたので、主にその様子についてお話しします。
会合の参加者と地域住民の皆さんと |
1)PILCDについて
PILCDは「コミュニティ教育と社会活動を通じて、社会から疎外されたコミュニティや社会的弱者の開発およびエンパワーメントに貢献すること」を目指しています。
フィリピンの他のNGOと同様、もともとは独裁政権に対する民衆蜂起に起源があります。ただ、現在となっては、政府を含め、多様なステークホルダーとうまくつながることで、共通の社会課題の解決に向けて、プロジェクトを展開することを目指しています。
PILCDでは持続可能で包括的な開発のため、「気候変動教育と災害リスクの軽減」「地域ガバナンスと包括的な開発」「レジリエントで持続可能な生計」を柱に社会参加を促しています。その中でも、生計を立てられないことには持続的な生活ができないという観点に立ち、今回は、住民とともに実験的に行っている、地域のリソースを生かした産業の開発のプロセスの説明を受け、その様子を実際に見せてもらいました。
2)島への訪問
訪問したのは、カトバロガン市から船で一時間ほどのところにある、ボゴンゴン地区(フィリピンで言う「バランガイ」)、モンボン地区です。PILCDがこの地区に来た理由としては、島が2013年の台風ハイエンによる被害を大きく受けたことにあります。
モンボン地区に置かれているハザードマップ |
各地区(島)には現在、大きなハザードマップが置かれています。マップには、台風や嵐が来た際にどこのリスクが高いか、建物の材質、どこに障がい者が住んでいるか、また、避難時に必要とする配慮が記載されています。
このマップの特徴は、住民主体で作成された点です。各住居への聞き取りを住民が行ってさ作られたそうで、写真のような地図に起こすにはPILCDが手伝い、このマップが完成したそうです。住民が聞き取ったことで、市が持っているハザードマップよりも内容が充実しており、お金もかからなかったそうです。ただ、時間はかかったとのことです。今後はオンラインでアップデートしていくことも検討しているそうです。
現在、進行している地区でのプロジェクは、牡蛎やムール貝の養殖、イワシなどの小魚の燻製(付加価値を付けるため)、塩づくり、マングローブの植林などで、住民主体で実験的に行っており、どれも商品として販売することを目指しています。ちなみに塩は、市場で出回っているものよりも純度が高いそうで、現在は、結晶化させ、乾燥させるのにはどのような容器が手に入りはすく、使いやすいか、品質を高めるため、沖合のよりきれいな海水をとってくるなど試行錯誤を重ねているようです。
塩づくりの様子 |
プロジェクトのポイントは島にある資源をうまく活用することです。塩については、「ここは島なので、周りはそこら中、海だから!」ということでした。訪問した日は雨でしたが、普段だと、太陽がかんかん照りで、一日二回ほど乾燥させられるそうです。
そのほか、これまで獲っていなかった牡蛎やムール貝を養殖したり、市の大学と協力して燻製機の開発しています。また、そういったことを支える海の環境を保つうえで欠かせないマングローブの植林も行っています。
燻製機と魚を干す装置 |
マングローブの植林について紹介してくださった住民のローズマリーさん。この島の女性グループの代表です。 |
牡蛎とムール貝のプロジェクトは、地域の経済的自立だけでなく、環境面にも配慮しています。これまで海中に棒を突き刺す方法だと、海の中の土壌がやられてしまいますが、ここでは、浮きにロープを這わせ、その下に網をつける形で養殖し、そのようなことがないようにしています。また沖合に設置できるので、海岸沿いの汚染の心配などもなくなります。浮きなどはリサイクル品で、大学どの協働で開発されました。
島への訪問の翌日は、ふりかえりを行いました。
私が気になっていたのは、どのようにまず地域に入り、最初のプロジェクトであるマップ作りのプロセスが進められたかです。
PILCDのメンバーに伺ったところ、地域に入る際、PILCDがファシリテートしていくわけですが、そこでの留意点は、力関係やダイナミクスの把握、そして最も脆弱な層は声が出しにくいこと、そしてそういった声をすべて拾えてないという限界も認識することだということでした。
具体的な進め方として、まずは、地区の各グループの同意を得て、プロジェクトについて説明し、段階的に、研修やワークショップを関心グループに分けた上で実施し、必要なものを提供し、情報や関心のバランスを調整したうえで、最終的に地域全体で進めるということでした。とにかく時間はかかるけど、住民が動き出したらお金はかからないとのことでした。この進め方は、多様なステークホルダーが関わる際も同じ、ということでした。
3)ステークホルダーミーティングへの参加
最終日には、二つの地区のプロジェクトにかかわるステークホルダーが一堂に会すフォーラムに参加しました。
フォーラムは、市にある大学で行われ、地域住民(今回ホストしてくださった女性グループ、漁師グループなど)、NGO、市の役員、大学関係者などが参加しました。フォーラムでは、ブルーエコノミー(海洋生態系の健全性を維持しながら、経済成長、生計の向上、雇用のために海洋資源を持続的に利用すること)という概念も紹介され、地域住民からはこのプロジェクトによってどのような恩恵や改善があったか、PILCD(NGO)からは養殖や塩づくりのプロジェクトの報告、ドナーからはこのプロジェクトの意義、大学からは養殖にかかわる研究などについて発表されました。
フォーラムでは、市の役員が、マングローブの植林のプロジェクトについて、申請がされていないと訴える場面がありました。いろいろと行き違いがあって、この場でそのような訴えをすることになったようですが(パートナー団体が本来申請すること、またやっているのは伐採ではなく植林活動であることなど)、こういったことも含めて、フォーラムでは顔が見える中で、ステークホルダー同士をつないでいく役割があります。
フォーラムの様子 |
PILCDが何もかもやることは不可能で、それを多様で複数のステークホルダーのリソースが補い合っています。お互いがそれぞれアジェンダや課題を持っており、すべての利害は一致しませんが、プロジェクトを共通のプラットフォームとして機能させることで、社会課題に対して効果的にプロジェクトを推し進めており、このフォームはそれを可視化させる場でもあります。
4)感想:包括的であることには限界があることの認識
PILCDのラモンさんとは以前から別の会合を通じて知り合いで、お話を聞くたびにこれが本当(現場)の開発教育だと感銘を受けていたのですが、そのフィールドに訪問し、住民の皆さんと短いながらも、人々が目にしている光景を自分の目で少しでも見られたこと、また最後はカラオケや踊って触れ合えたことは、本当にありがたい時間でした。
印象的だったのが、「こんなにも工夫をしているので、先ほどのような方法で地域に入っていくことで、脆弱層の声は拾うことができているか」という質問をしたところ、すぐに「それはできていない」という返答が返ってきたことです。教育の質不足などが理由でしたが、「限界があることを認識している」とはっきりとおっしゃったことに、そのことを認識する重要性を感じました。
さらに感じたのは、包括という言葉を使うことでコミュニティの多様な人々を包摂したつもりになっている恐ろしさです。いつも誰かは取り残されてしまっているという現実を認識し、本当にみんなが参加できるためのより良い方法を、ずっと追い求めていくことが必要だと考えさせられました。
他にも、プロジェクトを進めるうえで、戦略的にならざるを得ず、現在は生業が中心ですが、子どもたちや取り巻く教育ということまでは、触れることができていないことが言及されていました。フィリピンの法律で規制されているという理由もありますが、現在はまずは親の生計をたてるという焦点に絞ること、それが子ども達の生活に直結し、そして教育につながっていくということでした。包括的であるということは、あれもこれも含めるべき、だけれど、実際はやれない、ということを直視しながらも、めげずに大きなビジョンに向けてプロジェクトを進めていく姿に、何とも言えない尊敬の念を覚えました。(報告:伊藤)
カラオケを楽しむ皆さん |
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