「2050年に向けた欧州グローバル教育会議」in Dublinに参加しました!〈会議編その1〉

こんにちは。副代表理事の近藤です。

2022年11月3日・4日に、アイルランドのダブリン(ダブリン城)にて、欧州グローバル教育ネットワーク(Global Education Network Europe: GENE)による「2050年に向けたグローバル教育に関する欧州会議(European Congress on Global Education to 2050)」が開催されました。

今回DEARは「グローバル・クリティカル・フレンド」として、会議への招待を受け、近藤が参加してまいりました。そのご報告を「会議編」と「CSOs訪問編」にわけてお届けしたいと思います。

もくじ

  1. GENE(ジーン)とは?
  2. 今回の「2050年に向けたグローバル教育に関する欧州会議」とは
  3. 1日目:レオナルド・ガニエル氏の基調講演
  4. パネルディスカッション

会場のダブリン城(左)と環境に配慮された会議グッズ(右)

1.GENE(ジーン)とは?

GENEは、欧州各国の政府間ネットワークです。
現在25カ国、50以上の機関や組織が参加しています。参加している機関や組織とは、外務省、開発省、教育省などであり、グローバル教育の分野における政策立案、資金調達、調整、評価、および実施内容の質について国家的な権限を持っている組織です。

今回の会議は、アイルランドの海外開発・ディアスポラ省と、ルクセンブルグの外務省が共同ホストを勤めました。

この会議は、2002年にオランダのマーストリヒトで欧州評議会内・南北センター主催で開催された「欧州グローバル教育会議」と、採択された「マーストリヒト・グローバル教育宣言(マーストリヒト宣言)」に端を発します。マーストリヒトでの会議には、当時代表理事であった田中治彦さんと、理事であった岩崎裕保さんがDEARとして参加しました。

また、その10年後にあたる2012年には、ポルトガルのリスボンにて南北センター、GENE、CONCORD(欧州NGOネットワーク)の共催で「第2回欧州グローバル教育会議」が開催され、事務局長の中村絵乃さんが参加しました。「マーストリヒト宣言」以降の、取り組みを評価することが目的の会議でしたが、「リスボン宣言」の合意には至らなかったとのことです。

※上記いずれも機関誌『開発教育』第47号(2003)pp.40-43、第59号(2012)pp.145-150にて報告されていますのでご参照ください。
※2012年の「第2回欧州グローバル教育会議」の参加レポート(その1その2)は当ブログにも掲載しています。

2.今回の「2050年に向けたグローバル教育に関する欧州会議」とは

今回の会議は、「マーストリヒト宣言」から新たに「ダブリン宣言」を採択すること、この宣言の作成プロセスとその成果を共有すること、そして2050年に向けた新たなグローバル教育政策を進める展望を開くことが主な目的でした。

会議には、GENEメンバーの各省の政府代表(教育省と開発省の両方が来ているところが多かったです)、地方・地域政府関係者、市民社会組織、ユース、国際組織、研究者、グローバル・クリティカル・フレンドなどから、300名を超える参加者が集まりました。

※なお、ダブリン宣言にも明記されますが、「グローバル教育」とは、「人々が世界とその中での自分の位置づけを批判的に考え、地域レベル、地球レベルでの世界の現実に目を向け、心を開くことができるようにする教育である。社会正義、平和、連帯、平等、地球の持続可能性、国際理解、人権、包摂、公平、すべての人が現在も将来もきちんと暮らせる世界を実現するために、人々が理解し、想像し、行動できるようにするものである」とされ、ESDやグローバル・シティズンシップ教育、開発教育、反人種主義教育、人権教育、グローバル・ユース・ワーク、異文化間教育、平和教育を包括する言葉とされます。

会議資料「グローバル教育」

3.1日目:レオナルド・ガニエル氏の基調講演

最初のオープニングセッションを経て、今年9月に国連本部で開催された変革教育サミットの国連事務局アドバイザーであるレオナルド・ガニエル氏の基調講演がありました。

会議全体の様子

ガニエル氏は「グローバル教育は欧州のものなのではなく、世界全体のものであると言いたいです」と口火を切られました。

そして、

  • 「全ての学習者は、どう学ぶかを学ばなければならない。力量形成だけではなく、情動的スキルも重要である」
  • 「教育は、全ての人が未来の課題に向けて変容していく準備をしなければならない」
  • 「平等や公正、豊かな人間の多様性を得ていかなければならない」
という三つの論点をまずお話しされました。

そして、「教師が正しい答えを持っているわけでも、エシカルな(倫理的な)態度とは何かの答えを持っているわけではないため、倫理を学ぶにはたくさんのジレンマがある」とお話しされました。さらに、

  • 倫理は「従順」ではなく、「責任ある自由」であり、学校が、全ての人にとって安全で、健康で、刺激的でなければならず、差別や虐待のある場であってはならないこと
  • 教師が変わらなければ教育は変わらず、研修を受けて受動から能動性をファシリテートすることができなければならないし、学習を通してお互いを気づかうこともしなければならないこと
  • そしてデジタル改革と教育への投資増額
について言及されました。

「この会議参加者は、世界的に『贅沢な国』の人々であるが、教育は贅沢品であってはならない」「倫理とは、政治的なことでもあり、公正を促進することである」とし、教育こそが唯一の貧困から脱する方法であり、長いビジョンをもって、教育投資や賃金増加をし、SDGs達成に向けた教育変革をしていくことが強調されました。

4.パネルディスカッション

次の、パネルディスカッション1「グローバル教育を学習の中心に据える−政策の整合性と市民の関与」は、「グローバル教育を教育システムに組み込み、外交・開発政策への国民の関与を促すにはどうすればよいか?」と題し、フィンランド教育庁、イタリア開発協力省、オランダの大学教員(社会・生体的持続可能性に向けた変革教育部門)、ブルガリアユース・スポーツ省、アイルランド外務省といった立場の方々によるディスカッションが行われました。

各国それぞれのグローバル教育への取り組みが少しずつ紹介されましたが、どの話もグローバル教育を推進するために、政府が市民社会組織にきちんと資金提供をしながら、協働を進めていたり、セクターを横断的に超えることに挑戦してきた、という内容でした。

また、教育のあり方に関する議論は大変興味深いポイントも出されました。いくつか紹介ししたいと思います。

  • 教育そのものがグローバル教育でなければならないし、教育とは、合理的でありつつ希望に満ちたものでなければならない。しかし、学校教育の問題は合理的に教えることに特化している点である。
  • コンピューターテクノロジーは人々の集中を奪っている。そのことに対して、もっと批判的になっていかなければならない。
  • 教師や学校を子どもや若者が信じていない状況にある。カリキュラムをより地域文脈化し、地域の取り組みにも、挑戦していかなければならない。
  • 「共感(empathy)」をどう教えるのか。自分たちのことで大変なのに、どうして外国のことをやらないといけないのか?という問いに対してどう答えるのか。私たちの生活に関わるパンデミック、移民、気候危機などは全て国際的な問題であり、もっと広く視野を持って考えなければならないことを知る必要がある。しかし、とても難しいことでもある。共感へのモデルやモジュールが必要である。「◯◯教育」(イシュー型教育)を学校にたくさん取り入れようとするのなら、もっと感性に届くような教育の質に焦点をあてなければならない。
  • 学校のクラスで、人々がサポートしあえるような安全なスペースを作らなければならない。信憑性があり、愛のあるスペースへ。とても大変だが。

「もしグローバル教育が成功したら、2050年はどんな世界?」という質問がされました。この点は、まさに私もずっと気になっていた点でしたが、以下が出されました。

  • ユースにもっと時間がある。
  • 全ての政府が教育により投資をしている。
  • 全ての教育がグローバル教育になっている
  • パートナーシップや協働がもっと進んでいるし、橋渡しが増えている。
  • 生態的、社会的課題に対する窓が開いておかれ、ディーセントワークが実現している。
  • 学校がもっとhappyでjoyful(幸せに満ちた)なスペースになっている。人間性に溢れたものに。
  • ニュー・ノーマルができていて、排他的ではないアクセス可能な(参加が広がっている)世界である。

特に、教育が合理的でありながら希望に満ちたものでなければならない点や、学校が人間性溢れた場にならなければならない点に言及したオランダの研究者であるArjen Wals氏の話は、セッションの後に、市民社会の方々で彼の話が良かった、と持ちきりで、早速講演依頼をしている人もいました。

会議編その2>へ続きます。(報告:近藤牧子)

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